カントリーがrockできるなら、演歌もrockできるのだろうか。
なんて気障ったらしい入り方だけどこの曲はほんとうにカントリーでロックしている。
もともとサザンロックなどでもバンジョーなどのアメリカ南部独特の楽器を取り入れるだけでなく、カントリーの心、というか魂のようなものをロックの文脈に置き換えて歌っていた(と個人的には思っているけどもし大きく間違っていたらごめんなさい)と思うけど、この曲ではカントリーとロックが分かちがたくひとつの大きな河となって流れている。
最初のギターソロを聞いたときから、それは現れる。落ちていく夕日を受けて黄金色に輝く南部の草原風景。緑の木はなくほとんどすすき野のような乾いたかれた風景がそれでも美しく輝いている。「すべての美しい馬」や「大草原の小さな家」のオープニングみたいな光景だ。
それにしてもカレブ・フォロウィルの声は透き通っていてそれでいて深く遠くへ広がっていく強さがある。この声を聴くとなぜか「風とライオン」という映画のラストシーンが思い浮かぶ。
と書いてみて気づいたらライオンが共通だった。もしかしてそこがこの二つの時代も場所も離れたものを僕の頭の中で繋いでいたのかもしれない、と思い出した。
たぶん、違うと思うけど。
もしよければ夕焼けがきれいな季節、しかも紅でなく黄金色に染まる季節、11月の終わりがいいと個人的には思っている、に野外で風を受けながら聴いてほしい。
風とギターとカレブの声とどこまでも続く世界。
それはその一瞬しかない美しさだけど、確かにその一瞬にはある世界の美しさなのだから。
Night Music
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バック ダウン サウス(Back Down South/Kings of Leon/2010)
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カム・アズ・ユー・アー (Come as You Are/Nirvana/1991)
ニルヴァーナといえば圧倒的な代表曲、スメルズ・ライク・ティーン・スピリット “Smells Like Teen Spirit”が即頭に浮かぶ、そういう人が多いと思う。
導入部の印象的なギターリフにHello、Hello、Hello、How Law? のアイロニカル・シュガーたっぷりなサビ、洋楽を聴かない人でもこの1曲は知っている人が多い。
でも今回紹介するのはそのもっとも有名なRock Anthemではない。
その曲のアルバム順で言うと1曲後の曲、comes as you are。
このタイトルを訳そうとするときにいつも言葉に迷う。
そのままで来いよ、では誰にという部分が弱い気がするし、そのままの君で来いよ。とすると何か気障というか妙な色が入っているような感じになる。
そのままの君でおいで、なんかにするとこれはもう最悪だ。
いつものままで来いよ、というのもいいような気もするがすこしだけ冗長な感じもある。
いまのお前のままで来いよ、というのも捨てがたいが口に出して言うとなにかが違って聞こえる。
結局のところ原題をカタカナ読みにして、カム・アズ・ユー・アーとしてその音の響きで納得するのが一番いいのじゃないかと、いまのところは思っている。
それにしてもこの曲、ヴォーカルであるカート・コヴァーン(レッチリのカリフォルニカーション/californicationでのアンソニーの発音に忠実だとコヴェイン)が自身のアイコン化とヒット曲の一人歩きを激しく憎みながら死んでいったことから考えると、この歌の響きは皮肉でもある。
純粋であるがゆえに極端に虚飾を排し、成功の後にやってくる以前とは変わってしまったものに対して柔らかくNOを突きつける。
人間はみな変わり行く生き物で、昔のままで来いというのはある意味無理なこと、そういうことで暗に拒絶をしているというのは言い過ぎだろうか?
後半のサビでは、銃は持ってないから、というのがしきりに繰り返される。どうしてそんなことを言う必要があるのだろうか。
きっと言う必要があったんだろう。
昔のままで来いと言いつつ来ない事をほんとうは望んでいるカート・コヴェインには。