第1章 少女はなぜ“言葉”に魅せられたのか――上坂すみれ、その原点
現在では『中二病でも恋がしたい!』の凸守早苗、『艦隊これくしょん -艦これ-』の吹雪、『スター☆トゥインクルプリキュア』のユニ/キュアコスモ、『うる星やつら』のラムなど数々の人気キャラクターを演じ、さらに『七つの海よりキミの海』『POP TEAM EPIC』『EASY LOVE』など個性的な楽曲でアニソンシーンを彩る上坂すみれ。しかし彼女の物語は、華やかなステージではなく、一人の少女が「言葉」に強い興味を抱いた瞬間から始まっている。
上坂すみれは1991年12月19日、神奈川県で生まれた。幼い頃から読書が好きな子どもであり、一般的な同世代の子どもたちとは少し異なる興味を持っていたという。アニメや漫画はもちろん好きだったが、それ以上に彼女を夢中にさせたのは言語や歴史、文化だった。後に知られることになるロシア文化への関心も、その萌芽はすでに幼少期に存在していたのである。
家庭環境もまた、彼女の知的好奇心を育てる土壌となった。上坂は後年のインタビューで、子どもの頃から本を読むことが日常だったと語っている。物語の世界に入り込むことが好きで、空想する時間を何より楽しんでいた。声優という仕事は、様々な人物の人生を演じる職業である。そう考えると、幼少期に培われた豊かな想像力は、後のキャリアの重要な基礎になっていたのかもしれない。
小学生になる頃には、アニメやゲームへの関心も強くなっていった。当時の彼女は一般的な人気作品も楽しんでいたが、一方で作品の背景や設定にまで興味を持つタイプだったという。キャラクターがなぜそう考えるのか、物語がどのように作られているのか。単に楽しむだけではなく、深く掘り下げて考える姿勢は、この頃からすでに形成されていた。
転機の一つとなったのは、小学校時代に芸能活動を始めたことだった。彼女はジュニアモデルとして活動を経験している。後に声優として知られることになるが、実はかなり早い段階から人前に立つ仕事に触れていたのである。ただし当時は芸能界への強い憧れがあったというより、新しい経験への興味の方が大きかったと言われている。
中学・高校時代になると、彼女の興味はさらに独特な方向へ広がっていく。ロシア文学やロシア史への関心が深まり、やがて本格的にロシア語を学び始めるのである。このエピソードは後に「上坂すみれといえばロシア好き」というイメージにつながっていくが、当時の彼女にとっては単なるキャラクター作りではなかった。本気で学問として興味を持ち、自ら知識を深めていったのである。
やがて彼女は進学先として上智大学外国語学部ロシア語学科を選択する。声優志望の若者が集まる専門学校や養成所ではなく、難関大学のロシア語学科を選んだという事実は、彼女の価値観を象徴している。知的好奇心を満たしたいという思いと、表現者になりたいという思い。その両方を同時に追いかけようとしていたのである。
一方で、この頃から声優という職業への憧れも大きくなっていった。アニメ作品を見ているうちに、キャラクターに命を吹き込む声の演技に興味を持つようになったのである。特に2000年代後半は、平野綾、水樹奈々、田村ゆかり、堀江由衣といった声優アーティストたちが大きな人気を集めていた時代だった。歌い、演じ、ステージに立つ。そんな新しい表現者像に魅力を感じたとしても不思議ではなかった。
そして高校在学中、彼女は声優事務所スペースクラフト系列のオーディションを経て本格的に声優活動をスタートさせる。まだ学生だった彼女にとって、学業と仕事の両立は決して簡単ではなかった。しかし持ち前の真面目さと探究心によって、一歩ずつ経験を積み重ねていったのである。
後に『ガールズ&パンツァー』のノンナ、『アイドルマスター シンデレラガールズ』のアナスタシア、『SHOW BY ROCK!!』のチュチュ、『うる星やつら』のラムといった数々の代表キャラクターに出会うことになる上坂すみれ。そして『七つの海よりキミの海』『革命的ブロードウェイ主義者同盟』『POP TEAM EPIC』など、唯一無二の個性を持つアーティストへと成長していく。しかしそのすべての始まりは、本を読み、言葉を愛し、世界への知的好奇心を抱き続けた一人の少女だった。彼女の武器は単なる才能ではない。知ることへの情熱そのものだったのである。
第2章 声優デビュー、そして運命の出会い――『ガールズ&パンツァー』が変えた人生
上坂すみれが本格的に声優として歩み始めたのは、大学進学とほぼ同じ時期だった。上智大学外国語学部ロシア語学科という難関学部に通いながら、声優としてのレッスンやオーディションを受ける日々。一般的な大学生活だけでも忙しいはずだが、彼女は学業と芸能活動を並行して進めていた。当時のインタビューでは、授業の課題や試験勉強とアフレコ現場を往復する生活だったことが語られている。後に「努力家」と評される彼女の原点は、この時期にあった。
2011年頃から、彼女は少しずつアニメ作品への出演機会を増やしていく。まだ名前付きの大きな役ではなかったが、現場で先輩声優たちの仕事を間近に見ながら経験を積み重ねていった。当時のアニメ業界には花澤香菜、竹達彩奈、悠木碧、早見沙織といった同世代の人気声優が次々と台頭しており、新人にとっては非常に競争の激しい時代だった。その中で自分だけの武器を見つける必要があったのである。
そんな彼女の初期キャリアで重要な作品となったのが、2012年放送の『パパのいうことを聞きなさい!』だった。上坂は小鳥遊空のクラスメイトである小鳥遊ひなの友人役などを担当し、徐々に現場経験を積んでいく。この作品そのものが代表作というわけではない。しかし新人時代の彼女にとって、テレビアニメの制作現場で学んだ経験は大きかった。台本の読み方、マイク前での立ち方、感情表現の作り方。そのすべてを吸収していたのである。
そして同じ2012年、彼女の人生を変える作品との出会いが訪れる。それが『ガールズ&パンツァー』だった。当初、この作品は「女子高生と戦車」という異色の設定から注目を集めていたが、放送前は現在ほどの期待作ではなかった。しかし結果的に、この作品はアニメ史に残るヒット作となる。そして上坂すみれもまた、この作品によって大きな飛躍を遂げることになる。
彼女が演じたのは、プラウダ高校の副隊長ノンナである。ロシア語を話し、冷静沈着で知性的なキャラクター。設定を聞いた時、多くのスタッフが「この役は上坂しかいない」と感じたと言われている。なぜなら、彼女自身が上智大学でロシア語を専攻し、ロシア文化への深い知識を持っていたからである。キャラクターと本人の個性が奇跡的なほど一致していた。
ノンナ役の収録では、その知識が大いに活かされた。作中には実際のロシア語台詞やロシア民謡が登場する場面がある。通常であれば専門指導が必要になるところだが、上坂自身が自然な発音で演じることができたのである。特にロシア語で歌われる『カチューシャ』はファンの間でも非常に有名なシーンとなった。この時点で、彼女は「ロシアに詳しい声優」という唯一無二のポジションを確立し始めていた。
『ガールズ&パンツァー』の人気は放送終了後にさらに加速していく。劇場版公開時には社会現象級の盛り上がりを見せ、長期上映が続いた。イベントや舞台挨拶も数多く開催され、そのたびに上坂はノンナ役として参加した。彼女自身も作品への愛着が非常に強く、後年になっても『ガルパン』について語る際には特別な感情を見せている。
興味深いのは、ノンナというキャラクターが後の上坂すみれ像にも大きな影響を与えたことだ。ロシア好き、知的、少しミステリアス。そのイメージは作品を通じて広く知られるようになった。もちろん実際の彼女はユーモアに溢れた人物だが、「ロシア文化を語れる声優」という個性は業界でも他に類を見ないものだった。
同時期、彼女はラジオ番組への出演も増えていった。そこで発揮されたのが、独特のトークセンスである。一般的なアニメやゲームの話題だけではなく、ロシア文学、軍事史、昭和歌謡、サブカルチャーなど幅広い知識を披露し、リスナーを驚かせた。こうした知的で少し変わったキャラクターは、徐々にファンの支持を集めていく。
また、この頃からイベント出演も増加していった。新人声優の多くは緊張で固くなりがちだが、上坂は観客の前でも独特の存在感を発揮していた。予想外の発言で笑いを取る一方、作品への理解やキャラクターへの愛情も真剣に語る。そのバランス感覚が、彼女の人気を支える大きな要因になっていく。
そして『ガールズ&パンツァー』放送から約1年後、さらに大きな転機が訪れる。彼女はキングレコードからアーティストデビューを果たすのである。声優として少しずつ知名度を上げていた上坂すみれが、今度は歌手としても活動を開始する。しかもその音楽性は、当時の声優アーティストシーンの常識を大きく覆すものだった。
振り返れば、『ガールズ&パンツァー』との出会いは単なる代表作獲得以上の意味を持っていた。ノンナというキャラクターを通して、上坂すみれは自分自身の個性を武器にできることを知ったのである。ロシア文化への愛情、知的好奇心、独特な感性。それまで少し変わった趣味だと思われていたものが、声優としての強みに変わった瞬間だった。そしてその個性は、次章で描かれるアーティスト上坂すみれ誕生へとつながっていく。
第3章 七つの海よりキミの海――声優アーティスト上坂すみれ誕生
『ガールズ&パンツァー』のノンナ役によって声優として注目を集め始めた上坂すみれだったが、2013年、彼女のキャリアにおけるもう一つの大きな挑戦が始まる。キングレコード内のレーベル・スターチャイルドからアーティストデビューが決定したのである。当時は水樹奈々や田村ゆかり、堀江由衣など、声優アーティストというジャンルが確立されつつあった時代だった。しかし上坂すみれは、その誰とも違う道を歩もうとしていた。彼女が目指したのは「アイドル」でも「シンガー」でもなく、自らの趣味や思想、世界観を音楽として表現する唯一無二の存在だった。
2013年4月24日、デビューシングル『七つの海よりキミの海』が発売される。この楽曲はテレビアニメ『波打際のむろみさん』のオープニングテーマとして制作された。作品自体がハイテンションなギャグ作品であり、楽曲も非常にコミカルかつエネルギッシュな内容だった。しかし単なる電波ソングでは終わらない。上坂の明るく伸びやかな歌声と独特の言葉選びが融合し、強烈な個性を放つ作品となったのである。
特に印象的だったのは、当時まだ新人だった彼女が楽曲プロモーションの場で見せた圧倒的な存在感だった。イベントやラジオでは、作品の話だけでなく、自身の好きなサブカルチャーやロシア文化についても積極的に語った。普通なら話題が限定されそうな新人声優のプロモーションで、彼女はあえて自分の趣味全開で勝負したのである。その姿勢は一部では「個性的すぎる」とも言われたが、多くのファンはそこに新鮮な魅力を感じていた。
デビュー当時のアニメファンの間では、「こんな声優アーティストは見たことがない」という声も少なくなかった。アイドル的な可愛らしさを前面に押し出すのではなく、自らの趣味や思想を堂々と語る。しかもそれが決して作られたキャラクターではなく、本物の知識と情熱に裏付けられている。その独特なスタイルは、徐々に熱心な支持層を形成していった。
同年7月には2枚目のシングル『げんし、女子は、たいようだった。』がリリースされる。テレビアニメ『げんしけん二代目』のオープニングテーマとして制作されたこの楽曲は、さらに彼女らしさが強まった作品だった。タイトルからしてインパクト抜群であり、歌詞にはオタク文化への愛情や青春の輝きが詰め込まれている。ライブでも定番曲となり、現在でもファンから高い人気を誇る一曲である。
この頃の上坂すみれは、アーティスト活動と声優活動を同時に成長させていた。新人声優としての仕事をこなしながら、音楽番組やイベントにも出演する毎日。そのスケジュールは決して楽ではなかった。しかし彼女はインタビューで、「好きなことを仕事にできる幸せの方が大きかった」と語っている。忙しさよりも、表現できる喜びが勝っていたのである。
2014年に発売された1stアルバム『革命的ブロードウェイ主義者同盟』は、彼女の世界観を決定づける作品となった。タイトルからして異彩を放っているが、収録曲もまた実験的かつ個性的なものばかりだった。ソビエト文化へのオマージュ、サブカルチャーへの愛情、アイドルソングの要素、ロックやエレクトロニカ。様々な要素が混ざり合いながらも、不思議と「上坂すみれらしさ」が成立していた。
特にアルバムタイトル曲『革命的ブロードウェイ主義者同盟』は象徴的な存在だった。壮大でコミカル、そしてどこか皮肉めいた世界観は、彼女が単なるアニソンシンガーではないことを示していた。ライブで披露されるたびに観客は熱狂し、サイリウムが揺れる会場はまるで独特な祝祭空間のようになったのである。
この時期のライブ活動も非常に印象的だった。多くの声優ライブが「可愛さ」や「親しみやすさ」を重視する中で、上坂のステージはまるで演劇やレビューショーのような雰囲気を持っていた。衣装、映像演出、セットリスト、そのすべてに彼女の趣味や世界観が反映されていたのである。観客はライブを見るだけでなく、上坂すみれという文化そのものを体験しているような感覚を味わっていた。
また、この頃からラジオやイベントでの発言がたびたび話題になった。軍歌、ロシア文学、昭和歌謡、特撮、アイドル文化など、語るテーマは実に幅広い。その知識量と熱量は圧倒的であり、「オタク文化をここまで堂々と語る声優アーティストは珍しい」と評価されるようになった。結果として、彼女はアニメファンだけでなくサブカルチャーファンからも支持を集める存在となっていく。
一方で本人は、決して順風満帆だったわけではない。個性的なスタイルゆえに、「変わった人」という見られ方をされることもあった。しかし彼女は自分を曲げなかった。流行に合わせるのではなく、自分が面白いと思うものを発信し続けたのである。その姿勢が結果として唯一無二のブランドを作り上げていった。
振り返れば、『七つの海よりキミの海』から始まったアーティスト活動は、単なる歌手デビューではなかった。それは上坂すみれという人間の価値観や趣味、知識や情熱を世の中へ発信するための新たな手段だったのである。そしてその強烈な個性は、次なる代表作との出会いによってさらに広く知られていくことになる。声優としてもアーティストとしても、彼女はここから本格的な飛躍の時代へ突入していくのである。
第4章 アナスタシアと凸守早苗――キャラクターと共に成長した声優人生
2013年から2015年にかけての時期は、上坂すみれにとって声優としての評価が大きく変化した時代だった。『ガールズ&パンツァー』のノンナで注目を集めた彼女は、その後も数多くの作品へ出演するようになる。そしてこの時期に出会った二人のキャラクター――『中二病でも恋がしたい!』の凸守早苗と『アイドルマスター シンデレラガールズ』のアナスタシアは、後の上坂すみれを語るうえで欠かせない存在となった。興味深いのは、この二人がまったく異なる個性を持っていたことだ。一人は暴走気味の中二病少女、もう一人は静かで繊細なロシア系アイドル。彼女はその両極端な役柄を見事に演じ分けてみせたのである。
まず語らなければならないのが、京都アニメーション制作の『中二病でも恋がしたい!』である。上坂が演じた凸守早苗は、小鳥遊六花を崇拝する後輩キャラクターとして登場した。特徴的だったのは語尾につく「〜デス」という口調と、ツインテールを武器のように振り回す派手なアクションだった。登場した瞬間から強烈なインパクトを放ち、視聴者の記憶に刻まれる存在となった。
凸守というキャラクターは非常に演技難度が高かった。感情表現は常に全力で、怒る時も喜ぶ時もテンションが極端に高い。しかもギャグシーンとシリアスシーンを短時間で行き来する必要がある。新人声優であれば圧倒されても不思議ではなかった。しかし上坂はそのエネルギーを完全に受け止め、むしろキャラクター以上の熱量で演じてみせたのである。
制作スタッフや共演者の証言によれば、アフレコ現場では収録後に疲れ切ることも少なくなかったという。凸守は叫ぶシーンが非常に多く、全力で演じるほど体力を消耗する。しかし上坂は決して手を抜かなかった。その結果、凸守は作品屈指の人気キャラクターとなり、シリーズを代表する存在へと成長していった。
特にファンの間で語り継がれているのが、内田真礼演じる小鳥遊六花との掛け合いである。二人が繰り広げる中二病バトルは作品の名物シーンとなった。アドリブも交えながら作られたテンポの良いやり取りは、アニメファンの間で高く評価されている。上坂自身も後年、「凸守は演じていて本当に楽しかったキャラクター」と語っている。
一方、彼女のキャリアにもう一つの大きな転機をもたらしたのが『アイドルマスター シンデレラガールズ』だった。2012年にアナスタシア役として発表された時、多くのプロデューサーたちは驚いた。ロシア語を話すハーフの少女という設定が、上坂本人のイメージとあまりにも重なっていたからである。
アナスタシアは北海道出身のクォーターで、日本語とロシア語を交えながら話す少女だった。物静かで内向的だが、芯の強さを秘めている。ノンナが知的でクールな軍人タイプだったとすれば、アナスタシアはもっと繊細で感受性豊かな人物だった。上坂は声のトーンを細かく調整し、少女らしい透明感を見事に表現していった。
アナスタシアというキャラクターを語る上で欠かせないのが、キャラクターソング『You’re stars shine on me』である。この曲はアナスタシアの孤独や希望を描いた名曲として知られている。上坂はインタビューで、この曲を歌う際には「アナスタシア自身の人生を考えながら歌った」と語っている。単なるキャラクターソングではなく、一人の少女の物語として向き合っていたのである。
さらに『Nation Blue』『Star!!』『M@GIC☆』など、『シンデレラガールズ』を代表する楽曲にも参加した。特にライブイベントでは、ロシア語パートを含む楽曲を披露するたびに大きな歓声が上がった。アナスタシア役としてステージに立つ上坂は、アーティストとしての自分とはまた違う表情を見せていたのである。
2015年にテレビアニメ『アイドルマスター シンデレラガールズ』が放送されると、アナスタシア人気はさらに拡大した。ゲームだけでは伝わり切らなかった感情や表情が映像として描かれ、多くのファンが彼女に魅了された。そしてその魅力の中心には、上坂すみれの繊細な演技があった。
興味深いのは、凸守早苗とアナスタシアという二つの代表キャラクターが、上坂の演技の幅広さを証明していたことだろう。片方はハイテンションなギャグキャラクター、もう片方は静かで内向的な少女。そのどちらも高い評価を受けたことで、業界内でも「個性派でありながら実力派」という認識が広がっていったのである。
振り返れば、この時期は上坂すみれが声優として本格的に認められた時代だった。ノンナで注目され、凸守で存在感を示し、アナスタシアで表現力を証明した。そしてその経験は、後に『SHOW BY ROCK!!』のチュチュ、『スター☆トゥインクルプリキュア』のキュアコスモ、さらには『うる星やつら』のラムへと続く大きな飛躍の土台となっていくのである。
第5章 革命的ブロードウェイ主義者同盟――唯一無二のアーティストへ
声優として『ガールズ&パンツァー』のノンナ、『中二病でも恋がしたい!』の凸守早苗、『アイドルマスター シンデレラガールズ』のアナスタシアといった代表作を獲得した上坂すみれは、2010年代後半に入るとアーティストとしても大きな進化を遂げていく。デビュー当初から独特な世界観を持っていた彼女だったが、この時期になるとその個性はさらに磨かれ、「上坂すみれ」というジャンルそのものが成立し始めていた。アイドルでもロックシンガーでもない。アニメソングでもJ-POPでもない。様々な文化や思想、サブカルチャーへの愛情を飲み込みながら形成された唯一無二の表現世界だった。
その象徴とも言える楽曲が、2015年発売の『Inner Urge』である。テレビアニメ『下ネタという概念が存在しない退屈な世界』のオープニングテーマとして制作されたこの曲は、彼女の代表曲の一つとして現在も高い人気を誇っている。疾走感のあるロックサウンドに乗せて放たれる独特な歌詞と強烈なボーカル。ライブでは観客が一斉にジャンプし、会場全体が熱狂する定番曲となった。
『Inner Urge』が特別だった理由は、その内容にもあった。作品自体が社会風刺を含んだコメディ作品だったため、楽曲も自由や衝動をテーマにしていた。上坂は後年、この曲について「ライブで歌うたびにエネルギーをもらえる」と語っている。実際、彼女のライブ映像を見ると、この曲が始まった瞬間に会場の空気が一変する様子がよく分かる。それほどまでに強い生命力を持った楽曲だったのである。
続く『パララックス・ビュー』も重要な作品だった。テレビアニメ『鬼灯の冷徹』のエンディングテーマとして使用されたこの楽曲は、『Inner Urge』とは対照的な魅力を持っていた。幻想的で少し妖しげなメロディー、文学的な歌詞、そして繊細なボーカル表現。上坂が持つ知的でミステリアスな側面が色濃く反映されていたのである。
さらに2016年には『恋する図形(cubic futurismo)』が発表される。この曲はテレビアニメ『この美術部には問題がある!』のオープニングテーマとして知られている。タイトルからして上坂らしい独創性に満ちていたが、内容も非常にユニークだった。数学や幾何学をモチーフにしながら恋愛感情を描くという難解なテーマを、ポップな楽曲として成立させていたのである。
この時期の上坂の音楽には、一貫した特徴があった。それは「知識と遊び心の融合」である。一般的なアニソンでは扱われないような文学、哲学、歴史、芸術の要素が自然に盛り込まれていた。しかし決して難解になりすぎず、エンターテインメントとして成立している。その絶妙なバランス感覚こそが、多くのファンを惹きつける理由だった。
ライブ活動も大きく進化していった。特に2016年の日本武道館公演は、彼女のキャリアにおける重要な出来事だった。声優アーティストにとって武道館は一つの夢の舞台である。デビューからわずか数年でその場所に立ったことは、彼女の人気と実力を証明する出来事だった。しかも単なる記念公演ではなく、彼女らしい世界観に満ちた独創的なライブとして高い評価を受けた。
武道館のステージでは、『革命的ブロードウェイ主義者同盟』や『Inner Urge』などの代表曲が披露された。観客は曲ごとに異なる物語の中へ引き込まれていく。まるで音楽ライブというより、一つの舞台作品を見ているかのような感覚だった。上坂自身も「武道館は人生の大きな思い出」と後に振り返っている。
そして2018年、彼女はもう一つの代表曲と出会う。それがテレビアニメ『ポプテピピック』のオープニングテーマ『POP TEAM EPIC』だった。作品自体がアニメ史上でも異例の存在であり、その主題歌もまた常識外れだった。激しいロックサウンドと予測不能な展開を持つこの楽曲は、作品と共に社会現象的な話題を呼んだ。
『POP TEAM EPIC』は、上坂すみれの知名度を大きく押し上げた楽曲でもある。アニメファン以外にも広く認知され、YouTubeやSNSでも大きな反響を呼んだ。ライブではイントロが流れた瞬間に歓声が上がり、会場全体が一体化する。デビュー曲『七つの海よりキミの海』が出発点だったとすれば、『POP TEAM EPIC』は彼女の個性が完全に世間へ浸透した瞬間だったと言えるだろう。
また、この頃になると彼女は作家やクリエイターからも高い支持を集めるようになる。「上坂すみれなら普通ではない作品が作れる」。そう考えるクリエイターたちが集まり、さらに独創的な楽曲が生まれていった。アーティスト本人と制作陣の信頼関係が、独自の音楽世界をさらに拡張していったのである。
振り返れば、この時期は上坂すみれがアーティストとして完全に自立した時代だった。『Inner Urge』『パララックス・ビュー』『恋する図形(cubic futurismo)』『POP TEAM EPIC』――これらの楽曲はどれもジャンルも雰囲気も異なる。しかし共通しているのは、「これは上坂すみれの曲だ」と誰もが分かる個性を持っていることだった。そしてその唯一無二の表現力は、次に訪れるさらなる代表作との出会いによって、新たなステージへと進んでいくのである。
第6章 ラムという運命――国民的ヒロインとの出会い
2010年代後半から2020年代にかけて、上坂すみれは声優として新たな代表作を次々と獲得していく。『SHOW BY ROCK!!』のチュチュ、『スター☆トゥインクルプリキュア』のユニ/キュアコスモなど、演技の幅を証明する役柄に恵まれた。そして2022年、彼女はキャリア最大とも言える挑戦に直面することになる。高橋留美子の歴史的名作『うる星やつら』の完全新作アニメで、ラム役を演じることが発表されたのである。それは単なる新キャスト決定ではなかった。日本アニメ史を代表するヒロインのバトンを受け継ぐという、極めて重い使命だった。
まず語るべきは『SHOW BY ROCK!!』のチュチュである。2015年から始まったこのシリーズで、上坂はプラズマジカのリーダーを務める少女を演じた。チュチュは真面目で責任感が強い反面、不器用で感情表現が苦手な一面も持っている。アナスタシアの繊細さとも、凸守の勢いとも異なる難しいキャラクターだった。しかし上坂は絶妙なバランス感覚でその内面を表現し、多くのファンから支持を集めた。
音楽作品としても『SHOW BY ROCK!!』は重要だった。キャラクターソングやライブイベントでは、声優としての演技とアーティストとしての歌唱力を同時に求められる。上坂はチュチュとして歌う際、自身のソロ活動とは異なる声色や感情表現を意識していたという。その積み重ねが、後の演技にも大きな影響を与えていく。
2019年には『スター☆トゥインクルプリキュア』でユニ/キュアコスモ役を担当する。プリキュアシリーズは長年続く国民的人気作品であり、出演そのものが大きな意味を持つ。しかもユニは物語後半から登場する重要キャラクターであり、敵か味方か分からないミステリアスな立場からスタートする難役だった。
ユニというキャラクターの魅力は、その多面性にあった。クールで知的な一方、仲間への強い愛情を持ち、時にはコミカルな表情も見せる。上坂はその変化を丁寧に演じ分け、シリーズ後半の人気を支える存在となった。変身後のキュアコスモはシリーズでも珍しい宇宙をモチーフにした戦士であり、その華やかなビジュアルと相まって高い人気を獲得している。
また、この作品は子どもたちから直接反応が返ってくる数少ない仕事でもあった。イベントなどで小さなファンと触れ合う機会も多く、上坂はインタビューで「子どもたちがキュアコスモを好きだと言ってくれるのが本当に嬉しかった」と語っている。深夜アニメ中心だった彼女のキャリアにとって、新しい世界との出会いだったのである。
そして2022年、アニメ業界を驚かせるニュースが発表される。『うる星やつら』完全新作アニメ化。そしてラム役に上坂すみれが起用されたのである。1981年版でラムを演じた平野文は、日本アニメ史に残る名演を残している。つまり上坂は、40年以上愛され続けてきた国民的ヒロインを受け継ぐことになったのである。
キャスト発表直後、ファンの間では期待と不安の両方が広がった。ラムは単なる人気キャラクターではない。アニメ史においてヒロイン像そのものを変えた存在であり、多くの人にとって特別な思い入れがあった。しかし放送が始まると、その不安は次第に称賛へ変わっていく。上坂はオリジナル版への敬意を持ちながらも、自分自身のラムを作り上げていったのである。
特に評価されたのは、「だっちゃ」という独特の語尾の扱いだった。無理に昔の演技を再現するのではなく、現代的なテンポの中で自然に成立させていた。またラムの持つ可愛らしさ、嫉妬深さ、一途さ、そして宇宙人らしい自由奔放さを見事に表現していた。視聴者は新しいラムとして彼女を受け入れていったのである。
上坂自身もラムへの思い入れは非常に強かった。子どもの頃から高橋留美子作品に親しんできた彼女にとって、ラムは憧れの存在だったという。だからこそ役が決まった時は喜び以上に責任の重さを感じたと語っている。収録では常に作品への敬意を忘れず、一つ一つの台詞に向き合っていた。
一方、アーティスト活動でもこの時期は充実していた。『EASY LOVE』はテレビアニメ『イジらないで、長瀞さん』のオープニングテーマとして大ヒットを記録し、再び上坂の代表曲の一つとなった。デビュー当時の電波ソング路線とは異なり、ポップでキャッチーな魅力を持ちながらも、彼女らしい遊び心がしっかりと残されていた。
2020年代に入ると、彼女は若手ではなく業界を代表する中堅声優アーティストの一人となっていた。しかし興味深いのは、その立場になっても挑戦をやめなかったことである。ラムのような歴史的キャラクターに挑み、新しい音楽表現にも取り組み続けた。その姿勢はデビュー当時から変わっていなかった。
振り返れば、『チュチュ』『ユニ/キュアコスモ』『ラム』というキャラクターたちは、それぞれ異なる形で上坂すみれの成長を映し出している。個性的な脇役から人気シリーズの主要人物へ、そして国民的ヒロインへ。その歩みはまさに声優としての成熟の歴史だった。そして彼女は次第に、単なる人気声優や人気アーティストではなく、「唯一無二の表現者」としての地位を確立していくのである。
第7章 好きなものを貫く力――上坂すみれという唯一無二の存在
上坂すみれのキャリアを振り返るとき、最も印象的なのは「好きなものを好きだと言い続けた人」という事実かもしれない。声優業界やアーティスト業界では、時代によって求められるイメージが変化する。流行に合わせることが成功への近道になる場合も少なくない。しかし上坂はデビュー当初から、自らの趣味や価値観を隠さなかった。ロシア文化への愛情、文学への関心、サブカルチャーへの熱狂、昭和歌謡や特撮への憧れ。それらを堂々と語り続けた結果、誰にも似ていない存在になったのである。
思えば、幼少期から彼女は「知ること」に強い喜びを感じる人だった。上智大学外国語学部ロシア語学科で学びながら声優活動を続けたという経歴は、その象徴と言えるだろう。知識を得ることと表現すること。その二つを両立しようとした姿勢は、後の仕事にも大きな影響を与えた。ノンナやアナスタシアといったロシア語を扱うキャラクターが自然に演じられたのも、偶然ではなく長年積み重ねた学びの成果だった。
声優としての上坂すみれを語るなら、『ガールズ&パンツァー』のノンナは欠かせない。まだ若手だった彼女にとって、この役は単なる代表作ではなく、自分自身の個性が武器になることを教えてくれた存在だった。ロシア文化への深い知識とノンナの設定が見事に重なり、多くのファンに強烈な印象を残した。その後も作品が続くたびにノンナ人気は高まり、現在でも彼女のキャリアを語る上で重要なキャラクターとなっている。
『中二病でも恋がしたい!』の凸守早苗もまた特別な存在だった。暴走するようなテンション、独特の口調、全力で感情をぶつける演技。新人時代の上坂は、その難しい役を全身全霊で演じ切った。凸守は単なるギャグキャラクターではなく、仲間への友情や憧れを抱えた繊細な少女でもある。その複雑な魅力を表現できたことが、声優としての評価を大きく押し上げたのである。
そして『アイドルマスター シンデレラガールズ』のアナスタシアは、彼女の演技の繊細さを証明したキャラクターだった。静かで控えめな少女が夢を追いかける物語は、多くのプロデューサーたちの心を動かした。『You’re stars shine on me』をはじめとするキャラクターソングも高い人気を誇り、ライブでのパフォーマンスは作品ファンの記憶に深く刻まれている。
2010年代後半以降は、『SHOW BY ROCK!!』のチュチュや『スター☆トゥインクルプリキュア』のユニ/キュアコスモなど、さらに幅広い役柄に挑戦していった。どのキャラクターにも共通しているのは、単なる演技ではなく、その人物の人生を理解しようとする姿勢である。だからこそ視聴者はキャラクターの感情を自然に受け取ることができたのだろう。
そして2022年、『うる星やつら』のラム役への抜擢は、彼女のキャリアを象徴する出来事となった。アニメ史に残る国民的ヒロインを受け継ぐという重責を担いながら、上坂は自分なりのラム像を築き上げた。平野文への敬意を持ちながらも、現代の視聴者に届く新しいラムを作り上げたのである。その成功は、長年積み重ねてきた経験と努力の証明でもあった。
アーティストとしての歩みもまた、極めて独創的だった。『七つの海よりキミの海』で始まった音楽活動は、『げんし、女子は、たいようだった。』『革命的ブロードウェイ主義者同盟』『Inner Urge』『恋する図形(cubic futurismo)』『POP TEAM EPIC』『EASY LOVE』へと続いていく。どの楽曲にも共通しているのは、他の誰にも真似できない世界観だった。
特にライブ活動は、上坂すみれという表現者の本質が最もよく表れる場所だった。歌だけではなく、衣装や映像演出、MCに至るまで彼女自身の趣味や思想が反映されている。観客はコンサートを見ているというより、「上坂すみれの世界」を体験している感覚に近かった。だからこそ熱心なファンが長く支持し続けているのである。
また、近年の彼女は若手声優たちから憧れの存在として語られることも増えている。理由は単純な人気だけではない。自分の好きなものを隠さず、それを仕事に結び付けてきた姿勢が多くの後輩たちに影響を与えているからだ。個性を消すのではなく、個性を磨くことで唯一無二になれる。その実例を示した存在なのである。
興味深いのは、デビューから十年以上が経った現在も、彼女がなお好奇心を失っていないことだろう。新しい音楽、新しい作品、新しい文化への興味を持ち続けている。その姿勢は、幼い頃に本を読みながら未知の世界へ想像を巡らせていた少女と本質的には変わっていない。だからこそ彼女の表現は今も新鮮さを失わないのである。
振り返れば、上坂すみれの歴史とは「好きなものを貫いた歴史」だった。ノンナ、凸守早苗、アナスタシア、チュチュ、ユニ、ラム。『七つの海よりキミの海』、『Inner Urge』、『POP TEAM EPIC』、『EASY LOVE』。その一つ一つが彼女の人生を彩る大切な足跡である。そしてこれから先も、上坂すみれは新たなキャラクターや新たな歌と出会いながら、自分だけの物語を描き続けていくのだろう。アニメと音楽を愛する人々にとって、その旅路はこれからも目が離せないものとなるはずである。
代表キャラクター一覧
- ノンナ(ガールズ&パンツァー)
- 凸守早苗(中二病でも恋がしたい!)
- アナスタシア(アイドルマスター シンデレラガールズ)
- チュチュ(SHOW BY ROCK!!)
- ユニ/キュアコスモ(スター☆トゥインクルプリキュア)
- ラム(うる星やつら)
- シャルティア・ブラッドフォールン(オーバーロード)
- ピピ美(ポプテピピック)
- ディアーナ(ファンタジスタドール)
- スーシィ・マンババラン(リトルウィッチアカデミア)
代表曲一覧
- 七つの海よりキミの海
- げんし、女子は、たいようだった。
- パララックス・ビュー
- 来たれ!暁の同志
- 閻魔大王に訊いてごらん
- Inner Urge
- 恋する図形(cubic futurismo)
- 踊れ!きゅーきょく哲学
- POP TEAM EPIC
- ボン♡キュッ♡ボンは彼のモノ♡
- EASY LOVE
- 生活こんきゅーダメディネロ
- LOVE CRAZY
- ハッピーエンドプリンセス
- 冥界通信〜慕情編〜
総括
上坂すみれは、単なる人気声優でも人気アニソンシンガーでもない。知識とユーモア、教養とオタク文化、アイドル性とアーティスト性という一見相反する要素を融合させた稀有な存在である。その歩みは、現代の声優アーティスト史そのものの一ページと言っても過言ではない。そして彼女の物語は、まだ終わっていない。むしろ、ここから先にどんな表現を見せてくれるのか。その期待こそが、上坂すみれという表現者の最大の魅力なのである。




